2012年 05月 16日
METライブビューイングの椿姫を観てきました。デセイの調子が悪いというのは聞いていましたが、こんなに青息吐息とは。声がかすれ、途中、途切れ途切れになる箇所も。途中からスタミナ不足で失速という訳ではなく、出だしからすでに声がヘン、テンポも遅れ気味。
顔色が冴えなくて、表情も常に深刻で・・それが意図してそうなのか、絶不調のなせるわざなのか、そこのところはわからないのだけれど。
大抵は、一幕、二幕はそれほどヴィオレッタの体調が悪そうには見えることはなく、三幕のベッドに横たわるシーンになって初めて病気が進行したのね・・という感じになるのですが、このデセイのヴィオレッタはもう最初から具合が悪そう。色んな意味でこの先どうなるんだろうと始終ハラハラ。ポレンザーニの朗々とした声が入ると、こっちまでホッとしたりして。でもそれが却ってリアリティを高めていたような気もする。
ポレンザーニはデセイの大ファンと幕間のインタビューで語っていた通り(まあ、共演者だから当たり前かもしれないけれど)終始、不調の彼女を気遣っている風に見えた。なので二人の間には常に切羽詰まった緊張感のようなものが漂い、いい感じの熱いカップルになっていた。
しかしデセイの凄いところはそんな絶不調の中でも、「花から花へ」の最期のハイEsに挑戦したことだ。
あっぱれ、デセイ
幕間で「ハイノートをはずしちゃってごめんなさい」と謝る彼女の引きつった笑顔を見ていると、「いいのよ、そんなこと」と心の中で呟かずにはおれなかった。
音を外したようには聴こえなかったけれど、絞り出すような悲鳴に近い声からは「咽喉が破れても私は歌うわ」という決意のようなものが伝わってきて、それはそれで壮絶、胸に迫るものがあった。(そう言えば海水を呑み込んで歌えなくなった方がいましたけれど、
以前見たスカラのゲオルギューとヴァルガスの椿姫は、ゲオルギューの容姿や雰囲気、声がヴィオレッタにピッタリで、必死に声を振り絞るゲオルギューのヴィオレッタに同情しない人はいないんじゃないかと思えるほどのはまり役に見えたのだけど、肝心の?このハイEsを歌わなかった。
そんなに調子が悪そうでもなかったのに、リスクを避けたのか、でもやっぱりこれを出すのとださないのとでは、たかが一音、されど一音、私の中でヴィオレッタの評価は大きく違ってくるんですね。
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ところが今回行くと、地下鉄の雰囲気が大きく変わっていました。まず切符がなくなってカードオンリーになっていた。
